2008年1月12日土曜日

増裏・ましうら

約十年ほど前に放送されたあるテレビ番組を録画で見た。内容は、アイルランドのダブリンにあるチェスタービーティライブラリーを紹介しつつ、同ライブラリーが所蔵する絵巻を日本で修復するプロセスを記録したものだ。数百年前に作製された絵巻をもともとの一枚の紙にまで解体し、その上、改めて一巻の巻物に仕立てなおす。表装師の腕前は、まさに神業と言うほかなかった。長い年月の洗礼を受けた絵が、そこまで蘇られるものだと、まさに目を見張るものがあった。

テレビ番組は、修復の過程を丁寧にカメラに納めた。そして、ナレーションが豊富な情報を教えてくれる。その中では、絵巻の解体や古い表装を取り除く作業について、裏打ちが普通三回施されることを触れて、「総裏」「増裏」「肌裏」という三つの言葉を交えて、それぞれの取り除く方法、取り除いたあとの結果を見せてくれた。とても珍しい眺めだった。

裏打ちに関係するこの三つの言葉には、しかしながらまったく知識を持っていない。さっそく辞書を調べてみる。手元に使っている国語辞書は『広辞苑』『国語大辞典』『スーパー大辞林』、そして百科辞典は『世界大百科事典』である。結果から言うと、「総裏」だけ洋裁の用語として収録されていて、あとの二つの言葉はいずれの辞書も取り上げていない。しかも、あのポピュラーなウィキペディアでさえ、いまの時点ではこれを収録していない。

いうまでもなくこのテレビ番組が三つの言葉を拵えたはずはない。調べ方を変えて、違う方法でインターネットで調べたら、つぎのサイトにたどり着いた。以上の言葉が一つのセットになって取り扱われ、しかもそれぞれの解釈がたしかに載せてある。

思えば、このような言葉は、あくまでも表装を職業とした人々たちの間で交わされたもので、一種の業界用語である。そのような専門的な分野の言葉を、あえて専門以外の人々に持ち出して聞かせる。しかも無意識のうちにそのような用語の使用を通じて、伝えようとする内容に権威を与えようとする言葉使いの慣習が、とても日本的なものだとなぜか強く感じた。

掛軸の製作工程

0 件のコメント: