2008年12月13日土曜日

孝経・孝経図

十二月の最初の週をもって今学期の講義が終了し、先週の一週間のほとんどの時間は、来学期の講義資料の用意に費やした。一月からは、三年ぶりに「英語で読む中国と日本の古典」を担当する。中国語と日本語の三年生の学生たち約30名を一つの教室に集めての、やや変則なクラスであるが、毎回、違う作品を選んで、学生たちといっしょに読む。作品の選定はようやく終わった(Chinese/Japanese 461, 2009)。英語での翻訳や研究がある程度行われているということが必須条件の一つだったので、今度は、中国の絵巻一点、『孝経図』を選んだ。

『孝経図』は、北宋の宮廷画家李公麟(1041-1106)の作だとされている。いまはニューヨーク・メトロポリタン美術館に所蔵され、中国の古代絵画を代表する至宝の一つである。『孝経図』が描いたのは、いわゆる二十四孝といった孝子説話ではなく、それよりもさらに根源なものとしての『孝経』である。『孝経』の十八の章をそれぞれ一図にし、文章と絵が交互にセットになる。現存は十五図、うち二図が入れ違いの錯簡だと指摘されている。

絵巻の特徴を並べあげるとき、つねに触れられるのは、絵巻の作品、すなわち絵に描くという活動それ自身と、描かれる内容との相互関係だ。言い換えれば、絵巻の作品の多くは、それまですでに存在していたストーリあるいは文献資料を取り上げ、読者たちがすでに熟知しているということを前提にして作品の構築が始まり、絵の参加によって一つの新たな達成が得られるということである。多くの場合、文献資料の存在と絵による作品の成立までには、百年も超えた時間的な経過があり、絵巻の読者たちには、それまでの古典がビジュアルになって現われたということになる。これを絵巻作品の特色の一つだとすれば、『孝経図』は、まさにその極端な作品となる。描かれる対象は、絵巻の成立までには、はるか千三百年以上前のものであり、しかも「経」として、その時代の政治、文学、社会生活の規範になったものだった。文字と絵との距離となれば、気が遠くなるようなものだとしか言いようがない。

メトロポリタン美術館のサイトには、この『孝経図』をめぐる簡潔にして丁寧な解説が載せてある。その中では、絵師李公麟は、かれの時代に一つの革命をもたらしたとして、詩、書、音楽などに並んで、絵を自己表現の方法とたらしめたと述べる。いかにも宋の時代の文人たちの考えを伝えている。一方では、時間にして約千年が経ち、人間の能力としては絵の模写でさえ思うとおりにできない平均的な現代の読者として、今日のわれわれは、絵からどれだけのことを読み取れるのだろうか。

これをじっさいに教室で取り上げるのは、来年の三月後半になる。若い学生たちはどのように取り掛かってくれるのだろうか、いまからワクワクしている。

Classic of Filial Piety (The Metropolitan Museum of Art)

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