2009年8月1日土曜日

図書館という空間

八月に入り、室外の気温が室内を上回る夏らしい日が続いている。週末になって、だいぶ前に話題になった映画「天使と悪魔」を見た。話題作の小説は読み出してはいたが、なぜか期待したものと違い、途中で放り出した。その分、映画ではストーリーと関係なく、贅沢なぐらいの画面があって、それなりに楽しめた。

西洋の古典美に飾られた空間については、ほとんどなんの知識も持ち合わせず、古い年輪を伴う西洋の風景には、簡単に圧倒されてしまう。映画には、これでもかとさまざまな造りの教会、観光客で溢れる広場、修復中の殿堂、鎖で閉ざされる会議ホールを見せてくれて、新鮮なものばかりだった。中では、ストーリーの山場の一つには図書館の書庫(アーカイブ)があった。しかしながら、こちらのほうはなぜか日本のどこかの新しい私立大学の図書館の書庫に迷い込んだような感じだった。空気を入れない真空状態など、予期しなかった要素もあった。ただ、肝心のストーリーのほうと言えば、全知全能な主人公が、ラテン語かイタリア語か分からないが、調査資料を守衛の人に手当たり次第に訳させたり、密封の空間を本棚で破ろうと必死になったりと、トンチンカンなエピソードで構成されているのだから、どこまで信じてよいものやら。

ヨーロッパの図書館は、たくさん訪ねているわけではないが、それでもとりわけ強い印象を残したところがあった。アイルランドのダブリン大学トリニティー・カレッジ・オールドライブラリーである。十九世紀半ばに出来上がったもので、建物の外観は、むしろ平淡なものだ。しかしその中は、すごい。いまやダブリンの観光スポットにまでなっているが、入場料を払ってそこに所蔵されている「ケルズの書」を拝観する。八世紀に制作された聖書の手写本でアイルランドの国宝、さしずめ日本における「源氏物語絵巻」のようなものだ。その展示のオマケ的な感覚で、展示ホールから出て、階段を登って、通称ロング・ルームに入る。予備知識を持たないで入ってしまったら、間違いなく目を疑うような空間だ。なにせ二十万冊の古書を一堂に集まった場所だから、東洋的な感覚から言えば、まさにこの世のものとも思わないような、信じられない風景だ。もともと冷静に考えると、東洋の風土からすれば、建築の様式からにしてすでに制限があり、いくら書籍が山積みになっていても、それをそこまで一面に並べるような空間など、まずは存在しないのだから、驚くのは無理もない。

一方では、そのような西洋の伝統をだれもが誇りに思っているのだろうけど、英語圏で生活してみれば、普通の家にある狭い一室の書斎でも、家の主人は平気に「ライブラリー」と名乗る。一つの言葉に注ぐ人々の感覚、いま一つ掴めきれない。

The Long Room, Trinity College Library

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